ひとみの育児Blog

自己紹介と妊娠するまで

こんにちは、ひとみです。

興味ある人はそうそういないだろうなーと思いつつ

前提として私がどんな人なのかというのと、簡単に不妊治療の時の話をしたいと思います。

 

 

 

 

 

私の生まれと育ちは神奈川の湘南生まれ。

高校生の頃から演劇のスクールに通い、専門学校を出て声優の事務所に入所。

一時所属までいくも、舞台をやっていくと決めて退所。

同時期に実家を出て、28歳まで一人暮らし。

年間10~13本の舞台に出演しながらコールセンターでバイトするも、コロナでシフトが激減して実家に戻る。

翌年の29歳で入籍し、それを期に某電気店のカスタマーセンターのコールセンターで働き始めました。

ざっくりですが、こんな感じで生きていた人間です。

 

妊活を始めたのは結婚して5か月経った頃。

元々生理不順と不正出血があり、20歳の頃に産婦人科で「子宮が未熟」とのことでピルを飲み始め、舞台をやる上でコントロール出来るのと、PMSの軽減を目的で継続していたので飲むのを辞めました。

けれど、2か月経っても生理が再開されず…

ピルを飲まなくなってから3か月目に婦人科に。

 

結果、排卵がされていない…とのことで、排卵誘発法での妊活が始まりました。

 

また、これは憶測なのですが…

生理が来なかったのは仕事のストレスなのではないか。というのが有力でした。

というのも、ピルを飲むのを辞めた頃にはすでに仕事に対してのストレスがすごく…

 

婦人科にかかった2か月後に退職したのですが、それまで家の事もままならず。

家にいても無気力状態が続き、仕事の日の朝には37度の微熱。

仕事先に行っても、眩暈に襲われたり、少しのきっかけで涙が出てきたり…

(チームリーダーでも机の陰で泣いてる方がいるくらいにはメンタルに来る職場でした…)

職場の方たちがすごく良い人ばかりだったのでなかなか辞められなかったのですが、このままの精神状態で妊活しても流れてしまうのではないか…という心配もあり、退職を決意しました。

 

長年ピルを飲んでいたから生理が来なくなったのではないか。という訳では一切なく

もしストレスが原因じゃないとしても私の子宮の厚みがあまりないのが妊娠しにくかった原因です。

※ピルはPMSに有効なので、もし生理痛が重くて…とかあったら婦人科で相談して処方してもらうのが良いと私は思っている派です。

 

私が通っていた婦人科では6回のタイミング療法でダメなら次のステージ(体外受精等)へ進みますか?という相談が入るのですが、私の場合は生理が安定するまで約半年かかり、通院から十か月で6回目を迎えました。

 

それまで、投薬によって卵は大きさ的に問題なく育っているものの、子宮内膜が薄めだから着床が難しい…という状況で

6回目でダメだった時に主人に今のまま続けるか、次のステップに進むか相談したところ金銭的にも身体的にも負担が大きくなるので、あと6回続けてみようということになりました。

ちなみに投薬と排卵を促す注射で、一回のタイミングまでにかかる費用は2300円程でした。

保険適用になったとはいえ人工授精や体外受精は6倍くらい金額上がるから、かなりの負担ですよね…。

 

この頃の私はだいぶメンタルに来ていて、旦那に泣きついたり

トイレで一人、私みたいなお母さんは嫌なのかな…

もし障害があっても、私のとこに来てくれたらどんな子でも全力で愛せるのに…

と、かなりへこんでました。

 

なんで障害があっても良いからって言うのか?というと、旦那は生まれたときに身体的に障害があったので、結婚する前に

「障害が遺伝するかもしれないけど良いの?」と言われていたんです。

 

だから障害が妊娠中に分かったらどうする?というのはよく話題に出てました。

私は絶対に産みたい派だったんですが…

 

そうこうして迎えた7回目

もう期待したらその分辛いから…とあまり考えないでいた頃に、陽性反応が出ました。

 

生理が止まってから1年3か月。不妊治療を始めてから1年。

待望の第一子を授かり、翌月には出産希望の産院へ紹介状を書いてもらって通院が始まりました。

最後の日に、ワンオペだからいつも走って移動してて、診察終わると戻ってこない先生がわざわざ戻ってきて、看護師さんと一緒におめでとうって言ってくれたのは忘れられません。

 

こうして、不妊治療が終わりマタニティライフが始まりました。

 

出産は愛育病院で行ったので、別途レポは書いていきますね!

ABOUT ME
ひとみ
両側小耳症、高度難聴の男の子ママ。小耳症や子育てなどについて、役に立ちそうなことや日常を綴っていきます。